刑事裁判所に提出

《陳述書》死亡20歳女子の母

飲酒運転車両により卒業式前日に死亡した被害者

 

意見陳述書

 私は本件交通事故により,大切な命をなくした娘の母親です。

 3月13日,私にとって信じられない恐ろしいことがおこりました。娘の帰りを待つ私のもとに警察からの電話が入り,必死の思いで大学病院に行きました。救急車で運ばれてきた娘のあまりにもひどい姿に私は呼びかけてあげることもできませんでした。

 そして,5時間後,命の灯が絶たれてしまいました。20歳の人生でした。私の大切な,命よりも大切な宝物が奪われてしまったのです。

  娘は元気で明るく笑顔に満ちあふれ,たくさんの人たちにかわいがられ,動物や植物,命あるものすべてを大切にする優しい性格で,子犬,子猫,傷ついた鳥など何度も家に持ち帰るような子でした。友達,家族を思いやり,物事を冷静に判断できる子でした。スポーツ好きで,また,絵を描いたり,音楽を聴いたり,いろんなことに興味を持ち一生懸命に生きていました。美容学校に行ってからは得意分野で頑張り,日本ネイル技術学生大会で優秀賞,校内コンテストでもヘアメイク,ネイルなどに入賞し,FM同好会に入ったり,文化祭ではショーの舞台に立ち,後夜祭では進行役をしたり,その日々は輝き,未来への自信となっていました。それは,国家試験,就職試験を目指しての頑張り,意気込みにも現れていました。

  しかし,楽しみにしていた卒業式,謝恩会にも出席できず,合格通知も採用通知も見ることができなかったのです。本当に残念で無念でかわいそうでなりません。

  私と娘はいつも寄り添って生きてきました。二人でお腹がよじれるほど笑い,いろんな話をし,買い物をしたり,食事をしたり,映画を見たり,家には,毎日のように友達が訪ねてきて,楽しい毎日でした。

  娘がいなくなってからの私は,深い絶望感,喪失感,虚脱感,恐怖,不眠などが続き,一年以上過ぎた今も,精神安定剤,睡眠剤に頼る毎日です。一日に何度も涙があふれ,喉の奥や胸が熱く燃えるような苦しみに襲われます。暗闇の中をもがき苦しみ続けているのです。そして,たった一人の妹を奪われてしまった長女も私と同じように深い悲しみと苦しみの中で生きています。この苦しみはきっと私たちの生きている限り続くでしょう。悲しみが体の一部となって続いていくでしょう。娘に会いたい。声が聞きたい。抱きしめたい。ずっと,ずっと思っていくでしょう。

  加害者は,3月末に退院したにもかかわらず,謝罪に来ることもなく,5月には仕事をしていると聞きました。しかし,謝罪に来るのは,母親ばかりで,加害者が来たのは事故から2ケ月以上もすぎてからでした。40歳をすぎた大人が親まかせにし,責任のがれをしているようにしか思えません。そして,加害者の母親は,同じ子を持つ母親をして考えられないような言動,行動で私たち家族をさらに悲しくさせました。

  私は弱った体に鞭打って,目撃者を捜し,加害者がどのような運転をしていたのか,事実を確かめました。スピードを出し,前の車をあおり,信号停止中にはまだ信号が変わっていないにもかかわらず,前の車を追い越し猛スピードで走り去ったというのです。その運転はまわりの誰もが危険であり,事故を起こすのではないかと思ったそうです。あげくに見通しの悪いカーブで,追い越し禁止区間である場所で追い越しをし,反対車線に飛び出し事故を起こしたのです。後には飲酒運転という事実まで知りました。

  突然,目の前に大きな車が現れた瞬間の恐怖,車に挟まれ,1時間以上も絶えた寒さと苦痛,みんなに二度と会えない淋しさ,そして,自分の夢に向かって生きる事が出来なかったくやしさ。悔いのない人生を送ることができなかった無念。

  女性として生まれ,花嫁になることも母になることも出来ずに終わった人生。娘の残したノートに「私が思う幸せって,クイのない人生を送ることだと思う。たった一度だけの道だから好きにいけばいい。それで苦労できるんだったら最高!」とかかれたメモを見つけました。「悔しいよな。いっぱい悔いがのこっとるよな。」と思わずにはいられません。

  私は交通規則をまったく無視した無謀極まりない身勝手な運転をし,車を凶器にかえた被告人を絶対に許せません。運転の常識や,認識ができないような人間にはハンドルを握ってほしくありません。これ以上,何の罪もない人が悲しみ苦しむことは許されません。

  かけがえのない人生を奪われた娘本人とさまざまな絆を断ち切られた人たちの強い願いです。被告人を厳罰の実刑に処してください。どうかお願い致します。

以上

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